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D級ライダー サンデーレース参戦記

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ツキを呼び込む お札の話…

超 久々 更新です…
最近ネタも尽きてきましたが、皆さんお元気ですか???

サブプライム問題で、この三月には1ドル95円台まで突っ込んだドル円相場も、気がつけば、日本経済の先行きのほうが怪しげになってきて、この7月には1ドル110円65銭まで戻り、現在のレベルに至っている。買えば下がるし売れば上がるという変則レンジ相場でありながら、こうした相場展開の年につくづく思うのは日ごろのプラス思考と人生観の大切さである。


 相場やレースに携わる人間にとって、「ツキ」は大切である。数学論的に言えば「ツキ」とは「連続して行われる試みの中に存在する確率論のバラつき」にすぎないのであるが、ツキを得る方法として、一般的には「郵便ポストを触って仕事に出る」とか、清原選手のように「3カラットのダイヤのピアスをしてバッターポックスに立つ」とか、怪しげな蛇皮のサイフを通販で買うとか、魔よけのブラックオニキスのブレスレットを身につけるとか、赤いパンツを履くとか、ゲンをかつぐいろいろな方法があるようだ。

 とにかくいわゆるプラス思考が大事であり、同時に、どことなく雰囲気の暗い場所、殺人などのいやなニュース、落ち込んでいる奴などなどからは、なるべく避けて通るように、日頃から心がけることも大事なようだ。

そう思ってサイフの中を見ると5千円札の樋口一葉の姿が眼に入った。
5000YEN

一葉の肖像は2004年11月1日から新渡戸稲造に代わり日本銀行券の五千円券に新デザインとして採用された。女性としては神功皇后(大日本帝国政府紙幣;壱円券は1881年発行開始)以来の採用である。

 ところが発券されて4年弱だが、どうもこのお札には、お札の使命である金持波動がないのだ。もちろん樋口一葉は、「竹くらべ」などの小説の作家として名を馳せた小説家だが、その彼女の生涯を調べてみると、15歳で兄と死に別れ、17歳で父を亡くし、叔父虎之助にいじめられながら赤貧の人生を送り、20歳の時に肺結核に侵され、24歳8ヶ月で肺結核のため夭折と悲惨なものだ。

 どう考えてもお札の縁と使命からほど遠い人生を送った人物のように思えてならない。最近、日本経済の先行きに一抹の不安を掻き立てている一つの要因としてこの五千円札を語るのは、私が自らの精進を怠って、何かスケープゴーツを探すと言う穿った見方の人間であるからかもしれない。

 彼女の肖像画を選んだのは、あの、米百表、人生いろいろ会社もいろいろ、郵政解散、の小泉元首相の陰謀と知って、ますますがっくり来た。いままたその亡霊の小泉チルドレンが総裁選に立候補していると聞いてトンチンカンな政治が始まらないかとふと心配になってきた。


 いま私に出来ることは一つ。一万円のおつりは全て千円札しか受け取らない。万一5千円札が入ったら、真っ先に使うよう心掛けることだけだ。コンビニのおねえさんの話では、最近五千円札で受け取る客が減ってレジに溜まってしょうがない、と言っていた。もう2年も続けている五千円札受け取り拒否運動もだいぶ広がってきているようだ。庶民がお上に抵抗するのはこの程度が精一杯とは情けない。まあ、気分の問題だが、その後金回りが少しよくなったような気がする。廃券されるまで頑張ろうではないか。

 しかし、国家の富の象徴であるお札には、富と名誉の成功者を選考すべきだという考え方は異端なのだろうか。実際、聖徳太子が一万円札に載った高度成長期に当たる1958年から1984年に発行された「C一万円券」の時代は、いまの中国のように日本が戦後最も繁栄した時代であったことは事実である。

 ヌクヌク育った二世の多き国会議員のお金に対するセンスの欠如に憂うばかりである。福沢諭吉と野口英世はまあまあ合格だが、新5万円札に二宮尊徳が選ばれたら、日本経済もジ・エンドということになるだろう。

 さて「豊か」になる方法の一つには、このようにツイていない奴、借金で苦しんでいる奴、争いの絶えない奴、そうしたことに縁のある物には、三猿の教えのごとく、くれぐれもなどには近づかないようにすることだ。
 その上で、年後半の為替の勝負を勝ち抜こうではありませんか!!
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